不破郡岩手山。山城である。

菩提山城の最古の記録は天文十三年(1544)、美濃守護土岐頼芸が岩手四郎に宛てた書状にある。

岩手弾正が永禄(1558-1570)の頃までここに居城し、永禄元年(1558)竹中遠江守重元によって退いた。翌永禄ニ年(1559)に菩提山城を築かれたが、既存の城を拡張あるいは再構築した可能性もある。重元は池田郡から移り、居城した。(『竹中氏家譜』)

永禄三年(1560)に重元が没すると、子の竹中重治(半兵衛)が城主となり、羽柴秀吉の軍師として活躍したが、天正七年(1579)の三木城攻めの陣中で病没した。

その後、嫡男の重門が家督を継ぎ、山麓に館を構えて陣屋とした。幕末の十三代目竹中丹後守重明は六千石を領したが領地は減ったという。

参考
『美濃明細記』(伊東実臣、元文三年-1738)


不破郡垂井町
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