黒野から谷汲山への道すがらにある。

野村坂を上りつめると谷汲村境で野村坂峠であるが土地の人は花立峠とよぶ。江戸中期(1776)頃に中山道の美江寺宿の遊女が病気で両眼を失明したので、谷汲山の観音に百日の願いをたて、急な野村坂を這うように参詣し、峠に花を立てて観音に祈ったところ、満願の日に両眼が開いた。以来、土地の人は花立峠と呼ぶようになった。

嘉永七年(1854)谷汲参りのために新道が開き、遊女が参拝した地に宝篋印塔や馬頭観音が建立された。

参考:『大野町史・通史編』(岐阜県揖斐郡大野町、昭和六〇年)875頁

揖斐郡大野町
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