山名里

※山那交差点におく。

幕末頃に南山名・北山名の二村となる。その地は広く、木曽川に近い。北の方は美濃の諸山を遠望して、風景はたいへん良い。


『吾嬬道記』※現代語訳を加えています。
天文二のとし(1533)の神無月(十月)後の四日に、あづまの方へ用があって下っていた。[中略] 尾張國やなという所で一夜を明かしていれば、その里にたいへん美しい若衆があった。酒などして食べて、翌朝起きて別れるところ

あづさ弓 やなの里人ひとすぢに おもひわかるゝ 横雲のそら
仁和寺尊海僧正 梓弓、やなの里人を一筋に思いながら別れる、横雲の空。
なお、あづさ弓は弓を引くの枕言葉で、今回は一筋にかかっている

参考
『尾張名所圖會 後編 巻六』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)