※詳細な場所は不明。
味鋺村に住む。『年中行事故實考』に、春日井郡味鋺村の陰陽師十六人、いずれも萬歳を務める。萬歳とは、正月に家々を訪れ歌や舞で祝福を述べることで、現在の「漫才」のルーツである。
そのうち兀太夫という者は、先祖陰陽師石田新左衞門というものゝ家に敬公(丁稚奉公か)入りなさち、(『御鷹狩之節』)兀太夫という名を賜り、代々御祝儀を勤めてきたが、今は中絶している。その家は代々兀太夫と称したと見える。これは木ケ崎の無住國師から、萬歳の唱歌を得て、末の代に伝えた有助の弟子である。かの有助が住んでいた所は、山田川の辺りに字を残して、今も有助と呼んでいる。
参考:『尾張名所圖會 後編 巻三』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)