井際(せいさい)山持寳院、馬場村にある。真言宗、長野村萬徳寺の末寺。当寺はもと伽藍があり、觀福寺と号した。中世頽廃して、ただ観音堂一宇のみ残ったが、覚正元年(1450)庚辰、全尊という僧が再建して、今の寺号となった。しかし、今も観音堂は、古名で觀福寺と呼ばれる。昔、弘法大師加持して、湧き出た「轟の井」は今も山下にある。さて数百の石磴(段)を登ると、観音堂があり、ここから南へ望めば、蒼海の果てに朝熊山を見渡せ、その風景は言葉に尽くしがたい。

境内や周囲の山々には、櫻や楓が数千株植わり、春の花や秋の紅葉は雲のようで、霞を欺くほどの風景は、さながら動く絵のようで、実に絶倫無儔の名勝である。とりわけ観音平やいなり山などいうものは、殊に格別である。

鰐口:應永二十二年の銘あり。
救世尊額:晁文淵の筆。

香ににほふ高ねの雲は吹きはれてふもとにつもる花の白雪
栗田知周

山高み見ずてやみなん櫻花うれしく風のここにちらせる
鈴木眞實

春霞たつよりやがて花の紐とくさきいでん色をこそまて
大橋直亮

あかず見てかへる家路にちる花をあとよりおくる春の山風て
堀田梅衞

参考:『尾張名所圖會 前編 巻六』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)

知多郡南知多町内海林之峯66番地
種別