現在は跡形がない。五軒ほど立場茶屋があった。

道中番付に出ている百姓小島忠五郎の勝山名物三角強飯が非常に評判であった。三角強飯は赤飯を三角の型に入れて抜いたものである。どの茶屋も士や人足、町人が出入りしていつも大繁盛であったそうだ。

昔は道の両側に各九軒の住家があったが、昭和三十年当時には二軒のみ住居しており他の十六軒は他所に移転した。

参考
『坂祝村史』(坂祝村教育委員会、昭和三十年)134頁

加茂郡坂祝町勝山