本巣郡。梶原景時の居城で、のちに古田織部も居住したか。(『明細記』)

二人の美濃守護

文治三年(1187)三月三日、美濃国守護の大内相模守惟義は、当国(美濃)の駅路に新たな宿驛を加えることを鎌倉に請い許された。

同年十二月七日、梶原景時は背と腹の白い、雪のような霊鴨を献上し、美濃国から出たもので、景時はその守護であると、『東鑑』にあるのが美濃守護の初見である。

大内惟義の守護在職については他の記録にも見えるが、梶原景時についてはこの一條のみである。『居盆長江系圖』(不破郡今須村妙應寺本)には、景時は「美濃半国守護」であったという注記がある。また『明細記』に、景時は本巣郡山口城に居城したとあるが明証はない。いずれにせよ、この時期に両人が守護であったことは重要である。

参考
『美濃明細記』(伊東実臣、元文三年-1738)
『濃飛兩国通史 上巻』(岐阜縣教育會、大正十二年-1923)

本巣市
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