往来松

※詳細な場所は不明。東の菊地神社に三代目の松があるというが、この加納城の西にあったという原木の位置は不明。

厚見郡加納城の西にある。松平丹波守光永が加納城にあった時、「ゆきき」と名づけた。同丹波守光照が宝永(1704-1711)の頃、山城國淀城に移られた時、陪臣の人の歌に

あけくれに なかめし松を古里の 人の往来の 便りにそ聞く
明け暮れに眺めた松を、古里からの人の往来の便りに聞く

霊元院法皇にこの歌を叡覧に供された名木となる、宝暦元年(1751)に枯れた。


往来の松の詠

あかす見し たか通路(かよひじ)の松ひとも わきて往来(ゆきき)の 名を留めけん
武者小路大納言実陰 見飽きることなく眺めた、一段高いところの松よ。他と区別して往来と名を留めているのだろうか
誰をまつ よそには過す立ちそよる 往来の松の 其名しられて
六條権中納言有藤 誰を待つのか。他人は過ぎ、風がそよぐなか立つ松よ。
名に高き 往来幾とせ年月を とへはことふる 松風の音
烏丸左中辨光栄 年月を問えば、松風の音を答える
一もとの その名や種と旅人の めてゝ往来の 松のことの葉
風早中将公長 一本の、、愛でて、、
絵讃
うつし絵に 見るも葉かへぬ松なれは 往来の名さへ ちりうせすして
藤原三位為信 
さかふへき 契りをこめて旅人も 往来の松に 心をやそふ
播磨守戸田光現 再会するという約束を込めて、心を寄り添わせるのだ

参考
『美濃明細記』(伊東実臣、元文三年-1738)