※正確な場所は不明。
裁断橋の東、築出町に鳥居があり、その辺りをいう。
昔、日本武尊が氷上の宮簀媛命のもとへ通いなさった古道の跡として、町家二、三軒ほどあけて今でも家を建てない(天保の頃-1844)。もし、家を作り住居するものがあれば、たちまち神罰の祟りがあるという。『寛平縁起』の日本武尊の御歌に
奈留美良乎美也禮波止保志比多加知爾己乃由不志保爾和多良部牟加毛
なるみらを みやればとほし ひたかぢに このゆふしほに わたらへむかも
鳴海を見渡すと遠く干潟に。この夕潮に乗って舟で渡ろうか
とよみなさった古道である。
参考
『尾張名所圖會 前編 巻四』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)