中世にはここで修験道が栄えた。中心となった天王院は室町時代に建てられ、江戸時代にも再興されたが、後に津島神社となった。洞ヶ平の奥の地域に古い屋敷地帯らしきものがあり、古瀬戸系の骨壺も出土しているので、天王院の古址はそこにあったとみられる。

胴ヶ平遺跡

周辺の大平・平畑の一帯に縄文時代の遺跡がある。また中世の遺物も出土し、瀬戸系の無釉骨壺、常滑骨壺、山茶碗、須恵皿等が出土し、墓址、経塚址等もある。

参考:岩村町史刊行委員会『岩村町史』(岐阜県岩村町役場、昭和三十六年)145頁

恵那市岩村町飯羽間2007番地
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