大日比野村にある。一向宗東派で、京都本山直末。如来堂運善寺という。
瀬部七門従のうちで、往昔は天台宗だったが、時の住持眞養坊が、親鸞聖人に帰依し、今の宗に改めた。当寺に入信坊の木像がある。入信坊は関東から聖人の跡をしたい京に上られたが、ここで病死し、この像を刻み残したといい伝わる。入信坊は二十四輩第十八、常陸國大曾根常福寺の祖である。この寺は聖人旧跡の一つで、『倭漢三才圖會』に詳しい。
参考:『尾張名所圖會 後編 巻五』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)