門前町西側にある。教報山極楽寺一心院。浄土西山派、京都東山禅林寺、粟生光明寺の両末寺である。はじめ葉栗郡若栗の郷(後世に極楽村という)にあり、法然上人安居の地であったが、天文年中(1532-1555)木曽川の洪水に流失し廃れた。慶長九年(1604)九月、僧空朔が清須で再興して極楽寺といい、同十五年(1610)こゝに移した。
『民部省圖幉』の残編に『葉栗郡極樂寺號若栗寺。寺領四十八束有餘。以浦領爲貢代。法然上人三夏不出之繩室也。元亨二年(1322)十月下吏日。(史生源忠勝、史生秦行宗)』と見える。このように法然上人の旧跡であることは明白であるため、「文政二年(1819、卯)、園光大師安居遺跡」と大石に彫って門前に建て、世に知られる梵閣となった。
本尊 阿陀彌の立像。
霊宝 六字名號。法然上人の真筆。名號の下に彌陀如が雲が来る中で立つ影像を描き、『爲父時國、毋妙海菩提。源空』と記した。
立像阿陀彌佛 若栗の鄕に安置した本尊。
元祖大師併養念佛寶珠石 若栗の郷から伝来の古物である。
地蔵堂
塔頭 松林院。慶安元年(1648)の建立。
参考:『尾張名所圖會 前編 巻一』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)