伝馬町駅舍

『延喜兵部省式』に尾張國伝馬伝馬の規定数が記されているものの、熱田はそれより後の駅であるので載せない。『東鑑』(吾妻鏡)の頃(鎌倉時代、1300頃成立)からのちの書などに、熱田旅泊の事が見えるようになる。

むかしは古街道と二筋あった。今道(新道)の事が地蔵院の古證文に見え、永禄(1558-1570)の頃から人家が立ち並ぶようになり町並となった。東海道五十三次の一驛(駅)で、繁栄ぶりは他に勝っていた。

『狂歌道中記』(文化十年 / 1813)

草薙の 劍をいはふ熱田なる 宮のうまやは さやの入口
近住 草薙の剣をお祀りする熱田神宮の馬屋は、鞘(佐屋)の入り口であるよ。

宮宿(熱田)から桑名方面への陸路の迂回路、佐屋街道の入り口でもあった。

参考
『尾張名所圖會 前編 巻四』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)