京都聖護院の末寺で、水月山麻生寺と称す。永正二年(1505)二月、玄正が創建した。

天正十年(1582)九月に、下麻生城主・井戸七郎兵衛光重が再建した。

江戸時代の観音信仰の盛んな頃、美濃巡礼三十三番札所の二十七番として参拝者で賑わった。しかし江戸時代には衰えて事実上の廃寺となった。以前の境内はかなり広かったが、現在は狭くなり西国三十三観音像や役行者像などが往時の面影を残している。

参考:『かわべの文化遺産』(川辺町教育委員会、平成14年)32頁

加茂郡川辺町
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