昭和十年に大阪破石工業所によって建設され、名古屋駅改良工事には当工場より全面的に破石が供給された。年間二万立方メートル程国鉄等に販売していたが、戦争に伴い昭和十八年頃は四、五千立方メートルしか生産出来ず困窮状態であった為、昭和十九年九月に小西破石に譲渡された。戦争は苛烈となり、各ヶ務原飛行隊よりプラントが徴用された。

終戦直後は破石の用途は少なかったが、昭和二十三年に国鉄名古屋鉄道管理局が道床用破石として使用し始め、翌二十四年には名古屋鉄道株式会社も破石を使用するようになった。翌二十五年には第二工場を建設し全生産量を年間三万立方メートルに拡大した。

参考
『坂祝村史』(坂祝村教育委員会、昭和三十年)103頁

加茂郡坂祝町取組
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