朝日山土方浄念寺。小櫻町・大津町東へ入った北側にある。東本願寺直末の院家。
もとは清須の朝日村にあった天台宗の古刹である。中興の祖の慶恵は、清和源氏・経基王の孫の大和守頼親の裔孫、土方出羽守治氏の子で、名を左近丞時直といったが、寛正年中(1460-1466)出家して当寺の住職となった。達如上人が関東より帰洛した時、当寺に宿泊されたが、慶恵はその直弟となり宗派を改め、明應三年(1494)に一山の諸宇を再興した。應長十五年(1494)今の所に移した。
神君(家康)御守護の御帰敬佛仏である。当時の住職の常真へ、葵御紋附の数品を添えて寄附されたもので、安阿彌作の阿彌陀如来の立像である。一派の内でも当寺に限るという。また神君は折にふれて当寺を訪れ、直筆の書状や肌着等も下賜した。また源敬公(尾張藩初代藩主徳川義直)からも御直筆の六字名號を賜り、今も寺に伝わる。
塔頭 光雲寺。
参考
『尾張名所圖會 前編 巻二』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)