御所の前町、清雪門の向かいにある。天照大神・素盞烏尊を祀る。毎年六月五日の大山車は、この社の神祭である。末社の居守社と八王子社が境内にある。御蘆御池は社の裏にある。新宮坂は南の道筋にある。これらはみなこの社に因んだ名前である。
山鋒祭礼、熱田の内の八箇所から、山一両・車二両を年番(持ち回り)で出す。大瀬子山が出る年には宿・今道・中瀬から車楽を出し、田中山が出る年には、市場・神戸から車楽を出す。大山が休みの年は、東脇・須賀から車楽のみを出す。
寛弘年中(1004-1012)に男女がことごとく疫病を苦しんだ。地元の者が旗鋒によって、天王の社で疫神を祭ったが、その後、文明年中(1469-1487)に佐橋兵部という者が祭式を定めたといわれる。大宮司家から太刀を贈り、また市場町の橋本氏からも太刀を贈る故実(例式)がある。
市場車楽の伎童は、葵御紋の衣装を着る。これは東照神君(徳川家康)から賜ったものである。また、東脇車楽の幕は、慶長九年(1604)四月に台徳院殿(徳川秀忠、江戸幕府二代将軍・家康三男)の御台所(正室)崇源院君の御寄附によるもので、須賀車楽の幕は東照神君の御伯母である常滑君の御寄附によるものである。
参考
『尾張名所圖會 前編 巻三』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)