西志賀村にあり、現在は綿八幡という。祭神は神功皇后・應神天皇・玉依姫。『延喜神名式』に山田郡綿神社、『本國帳』に従三位綿天神と見える。「綿」は海の仮字で、海童神を祀っていたが、中世に八幡と称してから、現在の祭神となった。
むかしはこの辺りまで入海で、このような神社がおわした。この西にある新川を堀った時、地中からはまぐりの殼が多く出た所があり、今もそこを貝塚と呼ぶ。志賀は水道の里を呼ぶ例は多く、淡海(琵琶湖)の志賀里(滋賀県大津)をはじめ諸国に多い。『神名式』に筑前國糟屋郡志加海神社とあると同例の社なり。瑞籬・幣殿・拝殿・烏居等がある。
末社 神明社・白山社・淺間社・熊野社・荒神社・粟島社。
例祭 三月十五日・八月十五日。
兒宮 当社の別社。初めて勧請した年月は詳らかでない。安永年中(1772-1781)から御崇敬あって、御札守等を差し上げ、府下(府は名古屋城)の士・庶人も殊に尊崇する。例祭の三月十四日には大々神楽等あって、参詣者が群れをつくる。瑞籬・拜殿・鳥居あり、繁昌する小祠である。
神主 森氏。
参考:『尾張名所圖會 後編 巻三』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)