※詳細な場所は不明、現在当地に新福寺はない。

新福寺村にあり。稻生山と号す。天台宗、野田密藏院の末寺。本尊薬師及び日光・月光・十二神将、共に行基菩薩の真作で、三河鳳来寺の本尊と一般(同一か)であると、『張州志略』にいう。南門の仁王の像はたいへん古く、朽ち損じた所が多いが、その形はたいへん雅であり。五百年以上前に作られたと見える。

また境内に五輪石塔が二・三基あり、そのなかに應仁元年(1497)十月十日の文字が見えるもあり。この寺の往古は大伽藍で、一山十二坊あった。殿堂も数多あって、村名もこの寺から起こったほどの大地であったが、いつしか破壊した。天文十二(1543)癸卯年に勝行坊祐憲が中興して、 その形ばかり残していた。また大般若の経蓋が一個あり、『新福寺兩年行事常住坊藏泉坊天正十七(1589)極月吉日』と見える。

参考:『尾張名所圖會 後編 巻三』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)

名古屋市西区新福寺町2丁目1番地2
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