木部村にあり、遍照山と号す。真宗五派本山の一つ。
天安二年(858)慈覚大師(円仁)が創立し、毘沙門天を安置して天安堂と号す。天台宗。
嘉禎元年(1235)親鸞上人、常陸国稲田鄕にあった時に信太郡霞浦の海底に夜ごと光があった。親鸞はこれを怪み浦人に命じて、網を曳かさせたところ、一尺八寸(約55cm)の阿弥陀像を得た。親鸞はこれを笈の中に納め、自ら負って京都に還る。その道すがら、駿河の安部川で洪水に遭ったが、幸いにも無難に川を渡ることができた。その年四月木部村を過ぎ、天安堂の前に一株の松があった。笈を掛けてその下に宿し、夜霊夢に感じてその佛像を堂に安置した。これより念佛の道塲とした。
暦仁元年(1238)七月のある夜、天女が来て錦を織る、長さ一丈五尺(約4.5m)幅三尺(約1m)、紫香錦という。四條天皇がこれを聞き召され、權中納言藤原賴資を勅使として、天神護法錦織之寺という八字の宸翰を賜ふ。今、これを堂に掲げている。
庭の松、笈掛松は猶寺の境内に在り老幹長大。
参考:『近江名跡案内図』(静里北川舜治、明治二十四年-1891)