神戸町

東海道第一の襟領

『名和抄』に「愛智郡神戸」と見え、文和三年(1354)四月十三日の熱田神領の目録に、「高戸郷畠三町四反云云」とあって、古くからの熱田の神戸である。

当驛(駅)は東海道第一の襟領(要衝)で、前方は蒼海の漫々たるにのぞみ、朝熊嶽(伊勢)が波濤の末に現れ、西の方の出崎の松はみどりを連ね、東の方は呼続・星崎の浦を見渡す。

驛路には諸侯をはじめ、旅客がひまなく群れ行く。朝は七里の渡の一番船を争い、船場には商買の荷物が山のように積まれ、夕べには歌舞のこえや、絲竹(琴・笛)の音が響き渡る。特に、春の初市をはじめ花が咲く頃には、伊勢参りが引きも切らない。

前浜の潮干狩り、夏は築地の夕すゞみ・三ヶ浦の御葮(みよし)祭、秋は月見・沙魚(ハゼ)釣りの遊興、冬は御茶屋の松の雪のあけぼの。みなこの所の詠んだもので、日にそい夜ごとにまして栄えてゆくのも実にこの神の恵みであろうか。

参考
『尾張名所圖會 前編 巻四』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)


名古屋市熱田区神戸町602番地
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