柏原にある。東光山と称す。天平九年(737年)北の山の筑摩谷に薬師堂を建て、一時は七堂伽藍の大寺だったが兵火に罹り、のち今の地に移した。
筑後国の竹野郡司草野永平の弟永泰の次男松王丸が行脚して諸国を巡り柏原に宿した。旅舎に二人の女があり、髪を削り尼となって松王丸に帰依し、その家を寺とし長福寺と称した。
姉川の戦(1570年)の兵火に罹り旧跡のみを残す。明治期は時宗だった。
参考:『近江名跡案内図』(静里北川舜治、明治二十四年-1891)420頁