無極慧徹 [むごくえてつ] 禅師は応永14年(1407)年相州最乗寺(神奈川南足柄)での修行を終え故郷肥前に帰る途中猿啄(さるばみ)城(坂祝勝山の北東の城)の城主西村義政の母である伯母を尋ねてこの地に立ち寄った。義政は無極禅師の道徳に深く帰依し関市下有知に竜義寺の建立を懇願した。禅師はそれを受け入れ竜義寺の第一祖となった。翌年伯母の病の回復を願いこの岩窟に行基の作といわれる十二面先手観音那羅井観音を祀り祈った。それが岩屋観音の開基である。また岩屋観音を奥の院として木曾川の対岸に大泉寺を創建した。
下は木曾川の急流の断崖絶壁に建つ。
引用:
九十一翁釋翠石の看板