渡海(七里の渡し)の岸の頭にあり、闇夜に海の船が着岸する目印のための常夜灯である。寛永二年(1625)、成瀬隼人正正房が父・正成の遺命にしたがって建立し、永代の灯明料として須賀浦の太子堂へ若干の田地など寄附したが、その後ゆえあって神戸町宝勝院へ田地をも譲り、現在はこの宝勝院がこれを管理している。
熱田湊常夜燈 尾張國吾湯市郡
件の灯は、往来の船が夜の渡しの便を得るためにある。これは亡父・成瀬隼人正藤原正成の遺命により、(子の)正房が営建した。あわせて五十畝の田地を太子堂に寄進し、もって灯油の費用とする。願わくは幾千年ののちまでも断絶することのないように。銘に曰く、
挑一點燈 致萬人利
北斗南針 却在第二
一点の燈火を掲げ 万人の利をもたらす
北斗七星や指南針(コンパス)ですら かえって第二のものとなる
寛永二乙丑歳臘月十七日 洛下杏菴正意謹誌之
『東行雑詩』
渡頭高明燈 平岩仙桂
燭龍徹終宵 破暗映海崿
瀾底焔未消 風裏影何落
更無黿鼉遊 還有鯤鯨愕
且喜旅客情 夜船示止宿
冥暗の地を照らす神獣の燭龍のように終夜を徹し、暗闇を破って海岸を映す。
大波の底の炎は未だ消えず、激しい風にあってもその光はどこかを照らす。
更に亀やワニが寄り付くことは無く、かえって巨魚や鯨ですら驚きおののく。
そして旅客は喜ぶ。夜船に対して安全な場(止宿)を示しているのだから。
参考
『尾張名所圖會 前編 巻四』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)