後白河上皇は、「熊野権現は日域第一の霊社、鎮護国家の仁祠なり」と、熊野を厚く信仰し、34回も熊野へ御幸した。永暦一年(1160)には、本社を模して、京に新熊野社を建て、諸国の荘園を寄進し仏餉燈油料とした。