南北朝時代の元弘辛未年(1331)に鎮座した。
附近に古市場という地名があり、銭神という小さな祠がある。明治初年にここから大量の古銭が出土し、室町期に市場が開かれていたことが分かった。岩村城の正面に位置する城下町だったという説もある。
八幡神社の傍を通る道は、打杭を越えて阿木街道に入り、大井へ通じる木蘇路東山道へと繋がっていた。遠山氏は木曽の馬籠辺りまでは領していたので、ここから神坂峠を越えて信州駒場・阿智駅に通じる道を改修して鎌倉街道とした。
参考:岩村町史刊行委員会『岩村町史』(岐阜県岩村町役場、昭和三十六年)144頁