日置

『延喜式』『東艦』等をはじめ、古書に出る地名である。宇治左大臣頼長公もこゝに庄園ありて、『台記』の久安六年(1150)七月二十三日の條に、尾張成重を呼び寄せて、尾張國日置庄を検注させようとした旨が記されている。

堀川の桜

堀川の両岸、日置橋から北の方、西水主町まで数町の間、数百本の桜の樹があって、弥生(三月)の頃は貴賤袖をつらね、西岸に付いて行き交う群衆、水には舟を浮かべて、上下に花を鑑賞する様子はさながら嵐山・隅田川の春の賑わいにも劣らぬ名所である。文化年中(1804-1818)、府(尾張藩)の世臣・堀氏、数百本の小樹を植え並べ、今は繁茂してこのようになった。


村井泰翁
第五橋邊兩岸頭。香雲暖雪擁川浮。花神引客春如海。不擇雅流兼俗流。

(:第五橋の辺り、両岸のほとり。香る雲や暖かな雪が川を包むように浮かぶ。花の神様が客を引いて春の海のような混み具合。雅と俗に区別されず。

櫻井宗哲
官櫻兩岸屈川灣。謾卉芳菲幾往還。春思在人猶在我。相逢不語歩花間。

(:官桜が両岸に咲き誇り、川の湾曲に曲がる。名もなき花もかぐわしく咲き乱れ幾度も行き来する。春の思いは人に在って我に在る。会っても語らぬが、ただ花の間を歩く。

僧一遂
門外漕江春未闌。岸櫻撩亂映波瀾。橋頭一望花千畝。麗日渾爲雪後看。

(:寺の門の外の運河では春は終わっていない。岸の桜は咲き乱れ、揺れる波に映る。橋のたもとから一望すれば、花が見渡す限り広がる。春のうららかな日、すべて雪の後の景色のようである。

水野柳齋
第五橋西春色加。清明節後訪櫻花。靑帘乍被香雲鎮。不得遊人到酒家。

(:第五橋の西に春色が加わる。清明節の後に桜の花を訪ねる。酒屋の青い暖簾はたちまち香る雲に被される。遊人、酒家に到ることが出来ず。

中川西岸
月照花林雪模糊。江涵花影月輪孤。慇懃多謝東皇手。畫作春江花月圖。

(:月は花の林を照らして、雪がぼんやりと霞んでいるよう。川は花の影を浸し、月輪がただ一つ輝く。慇懃に感謝する、春を司る神(東皇)の手に。これを描いて春江は花月の図を作る。


きさらぎ末つかた堀川を過ぎて

くれなゐの 桃にさくらの花の雪 かさなる衣の よそひとやみん
 成瀬正忠

堀川の花を見て

咲きつゞく みぎはの花はいく千尋 はるにさらせる 錦なるらむ
 深田正韶

堀川に住みけるころ

つゆばかり 花のあはれをしるにこそ 曉おきの かひは有りけれ
 木村千斎

花の頃堀川にて

けふはまた 見る人かはる花のかげ さは我のみや 家路わすれし
 間島正盈
ゆく水の 夜明は花の 餘慶かな
 快臺

参考
『尾張名所圖會 前編 巻二』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)

名古屋市中区松原2丁目1番1号
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