『東關紀行』(仁治三年-1242-)
くひぜ川といふ所に泊まり、夜が更けたころに川端に出てみると、秋の最中の晴れた空、清き河の瀬に映り、照る月波がいくつか見えるほどに澄み渡る。二千里のかなたの古人の心(白氏文集)を遠く思いやられて、旅の思いがますます抑えがたく思われたので、月の影に筆を染めつゝ「花洛を出でゝ三日、株瀬川に宿して、一宵屡幽吟を中秋三五夜の月に傷ましめ、 かつがつ遠情を先途一千里の雲に送る」など、 ある家の障子にかきつくる序文に、

知らざりき 秋の半の今宵しも かゝる旅ねの 月をみむとは

『覽富士記』(永享四年-1432- 連歌師堯孝の義敢将軍随行)
くゐせ川わたるとて、

夕されば 霧たと〴〵し河の名の くゐせ求めて 舟や繋がん

かさぬひつゝみといふ所にて、

手にもてる かさぬひつゝみ行つれて こととひ交す けふの旅人
大垣市福田町1372番地1
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