羽黒川の側にあり。天正十二年(1584)の小牧・長久手の戦いの前哨戦の羽黒合戦で、 森長可の重鎮野呂助左衛門 ・ 助三郎父子が奮戦奮闘し、その間に森長可は戦場を離脱できたが、野呂父子は討死した。
野呂塚石碑は、大正7年(1917) 3月羽黒青年会によって八幡林古戦場を望む現在地に建立されたものである。その他、付近に痩榎塚・寺塚・駒塚・機織塚・四ツ塚・稻塚等の戦跡が多くある。
ここでは、現在も毎年2月に地域の方々によって慰霊祭が執り行われている。
参考:『尾張名所圖會 後編 巻六』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)