門前町西側にある。この地に富士山観音寺清壽院があったが、明治の廃仏毀釈により廃した。山城國醍醐の三寶院の派、尾張・美濃二箇國の修験の先達であった。

本尊 富士権現は土御門天皇の勅により、駿河の浅間大神の神職がこの地に勧請して造営したものである。中世に前津小林の城主牧與三左衞門尉源長清が富士権現を崇信して、七度参詣の志願を発し、三度駿河に下りて登山したが、晩年になって遠路に堪えがたく、残る四度をこの社に詣でて願を果たし、その際に当社を再営したという。また信長公の家臣の村瀬左馬助の末孫が修験となって大圓坊といったが、大乗院及びこの院を兼帯住持し、その子宝壽院は藩主から当社の地を拝領し、清壽院の號を賜わった。

祈禱所 本尊不動明王。藏王權現・役行者・理源大師を合祀する。

行者堂 本尊正観音は聖德太子の作。夾侍弘法大師・役行者。

飯綱権現社 神像六尺有余で、おそろしい尊容であるが、霊験あらたかな像である。例年六月十一日神楽がある。

末社 稻荷・金毘羅・菅神・秋葉・福天。

境内に植木屋があって、盆鉢にうゑた珍木・奇草を架上に排列し、四時の春を留める清観、または芝居・見せ物の小屋もあって、遊人の混み合う様子は常に絶えることがない。

参考:『尾張名所圖會 前編 巻一』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)

名古屋市中区大須2丁目19番5号
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