岩崎村にある。ここも小牧山のように、平原に独立して、山上の眺望は格別である。

天正十二年(1584)長久手の戦いの時、秀吉公の命により、稻葉伊豫守通朝・同右京亮貞通・同彦六典通・同勘右衞門重通等が、この辺りの砦を守ったことが『稻葉系圖』に見える。

山上は巨岩多く、奇峻は目を驚かせる。慶長十五年(1610)名古屋御城築のとき、この山の石を多く取り石垣としたという。

当地はこの辺りの勝地で、山上は産土神(うぶすな)熊野社があり、拝殿は舞台のように張り出し、長い石段があって、その下に鳥居がある。また直下には観音堂もある。本尊は十一面の霊像で、当国三十三観音の一つ。修驗寿宝院が掌る。

その他、小祠・小堂が山の中に所々にあり、春秋の頃は遊人多く、賑わう所である。山の内に穴居の跡といい伝える所が三つある。

参考:『尾張名所圖會 後編 巻三』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)

小牧市岩崎1339番地
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