野瀬野ヶ原にある。古昔は一寺あったが後廢絶して地蔵を残す。これを笠地蔵という。
小栗兼吉が毒酒によって瀕死となりまた蘇った。照手姫、連れて娘は狂女のようになり、この野を過ぎ笠を脱てて地蔵に被せて終夜祈請して、熊野に赴き温泉に浴したところ、兼吉の病は平癒した。帰路、再びこの地を過ぎ、一寺を建てて蘇生寺とした。慶長年中(1600年代)に兵火に罹り、ただ石の地蔵を残すのみ。
参考:『近江名跡案内図』(静里北川舜治、明治二十四年-1891)422頁