城主の佐々木承禎は三好一党と同盟し、足利義栄を推していた。永禄11年(1567)9月7日、将軍家足利義昭の求めに応じて織田信長は約6万の大軍を率いて岐阜より上洛を開始した。11日には愛知川付近で夜営。翌日、織田軍は森可成、柴田勝家、蜂屋兵庫、坂井右近等の諸将によって攻撃を開始した。城将の建部源八郎秀明と吉田出雲守重隆のほか、6,000余の城兵が城から打って出て激戦となった。しかし、その日の夜には一の木戸と二の木戸が破られた。この時、吉田出雲守が櫓より笠を出し、建部と吉田の両将は城兵の命を助けることを条件に降伏した。

東近江市建部瓦屋寺町