弥生時代の大集落のあと、古墳時代に小円墳が築造されるが、その後しばらく荒廃し、中世初めに農村集落が形成された。

山茶碗が大量に出土した。時期によって生産地の差がみられる。初期には猿投窯東山地区近辺のものが、続いて常滑窯の生産品が流通をみせていた。そして13世紀に入ると瀬戸窯ないし猿投窯製品が大量に流入し、13世紀後半からは東濃窯生産の山茶碗が主流になった。


新修名古屋市史第二巻 名古屋市発行 第四章荘園・公領制下の人々の生活 第五節丘陵地の窯業生産 p307 

清須市朝日貝塚