当地にはかつて観音寺があったが、昭和四五年(1970)に焼失し、その後は「宮」として再建された。現在は寺跡一帯が開墾され茶畑が拡がり往時の姿はないが、経塚とその周囲15平方メートルはそのまま残されている。

経塚は上石津町内で最古の仏教史跡である。中央に硬い砂岩質の河原石の扁平な自然石(高さ75cm、巾は最大37cm、厚さ15cm)の石碑が据えられ、その周囲には長径30cmから8cm程の河原石が半径2-3mの円形に置かれている。

経塚とは、平安末期の末法思想を背景として法華経を埋経して保存し弥勒の出世にそなえようとした法華経の施設である。十二世紀に比叡山の僧によって造営が顕著になった。石碑の碑文には文治五年(1189)と刻まれ平安時代の終わり頃である。

参考:『上石津町史』(上石津町、昭和五十四年)140頁

大垣市
種別