羽黒村にある。臨済宗、犬山瑞泉寺の末寺。山号は妙國山。当寺は梶原茂助義景大檀那で、大道眞源禅師の開基である。義景の法號を興善寺殿繁叟宗茂居士といい、その名から寺号(興善)とした。位牌もあり、天正十六(1588)年戊子と見える。
慶長7年(1602)江戸時代になって犬山城主小笠原吉次の寄贈により、梶原屋敷跡であった現在地に移して再興され、現在に至っている。寺の西側奥に梶原氏一族の墓がある。
本尊 釋迦、木像。
慶長4年(明治元年)(1864)の入鹿切れの際に洪水で流れて来たという大岩が本堂前に安置されている。入鹿池は日本で2番目に大きい池である。平成27年に世界灌漑施設遺産に登録された。入鹿村は古く旧石器時代の遺跡も存在する。古墳時代から人々が多く住み、栄えてきた。『日本書紀』によれば安閑天皇 2 年に大和朝廷の直轄領である入鹿-いるか-の屯倉-みやけ-を置いたとある。
『尾張名所圖會 後編 巻六』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)