古来毎月八日に商人が集まり市を為す故に名付くという。古くより伝わるので、或いは廐戸皇子(574-622)が始めたともいう。
治承年中(1177-1181)佐々木四郎高綱が白川より鎌倉に下向のとき、八日市に出て土人の馬を奪い、その人を殺し、馬に乗り鎌倉に赴くという。
今は小市を為し、近村の商業の中心となっている。
参考:『近江名跡案内図』(静里北川舜治、明治二十四年-1891)442頁