寺号は海鐘山。浄土宗、京都知恩院の末寺。開山は信譽上人で創建の年紀は明らかでない。天文十九年(1550)僧寶譽が中興した。傳通院大夫人はこの村出身であったので、当寺へ若干の寺領を寄附された。大夫人は水野忠政の娘で、徳川家康の母。この寺は大夫人の御舊里なるにより、慶長年中(1596-1615)に水野備後守が、海辺より今の所に移した。のちに賓暦年中(1751-1764)、聞譽上人の時、当所の塚本薫左衛門と犬府村の鷹羽平兵衛兩人の寄進によって本堂を再建した。実に篤志の旦那にして、両家の子孫は今も尚連綿である。

本尊 阿彌陀の立像は聖徳太子の御作なり。もとの本尊は三尊佛にして、定朝の作なりしが、是則太夫人の寄附し給ふ所なり。又大夫人及びが水野備後守信元の位牌あり。

霊宝 善導大師自畫像一幅

像聖德太子像

柄香爐 善導大師所持ぜられし所にして、 して、 唐製の上品、希代の張器なり。

十三佛畫像一幅 天天文年中塚本氏の寄附する所なり。

法然上人月形影像。

参考:『尾張名所圖會 前編 巻六』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)

知多郡東浦町
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