神渕神社神主岸家の古記録によれば、
御佩山(ミハギヤマ)は人家を去ること、三里の所にある。土は肥え、樹木はよく繁っている。昔、この山にいた大神大美家農尊(おおみけぬのみこと)が高天原に登った時に、大美家農尊自ら御佩霊を斎祀った。そこで御佩山と名付けた。後には郷名ともなった。
御佩霊は、神渕神社の祭神の一つの所御佩十剣神霊(みはかせるとつかのつるぎのみたま)で須佐之男命が佩いた十拳剣、ミハカシを神としたものである。
御佩郷は、神渕神社神主岸家の古記録によれば、安貞元年(1227)の春正月に、神渕・麻生・村君・津保の4つの邑(むら)に分けられており、七宗町神渕、七宗町上麻生・中麻生、川辺町下麻生、白川町坂乃東、関市上之保・武儀辺りであることが推測され、広大な郷であることが分かる。
参考
七宗町教育委員会、七宗町史編纂委員会『七宗町史 通史編』(七宗町、平成5年)203-208頁