服部家住宅は天正年間に服部弥右衛門正友が建て、現在は重要文化財となっている。正友は戦乱で市江を離れたが、天正四年(1576)に荷之上村へ移住し、百姓を集めて荒れた土地を再建した。服部家は伊賀国服部郷を起源とし、十四世紀末には南朝方の尹良親王に従って津島へ移り、市江島に居を構えたと伝わる。

服部家は村の「草分け」として特権的な地位を占めた。草分けは祭礼や土地利用、林政で優位に立つ。草分けの家は村役人を務めることが多く、役職にない時でもその家柄は敬われた。

参考:愛知県史編さん委員会『愛知県史 通史編4 近世1』(愛知県、平成30年)

弥富市荷之上町石仏
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