※江南市河野町河野の河野公民館におく。
後飛保村の地内にあり、今は河野という。このあたりは広く河沼の郷のうちであるが、今はその伝えを失っている。仙覺律師の『萬葉集抄』に、『尾張風土記』を引いて、
葉栗郡河島社。在河沼郡河島村。奈良宮御宇聖武天皇時。凡海部忍人申。此神化爲白鹿。時々出現。有詔齋爲天社云々。
(:葉栗郡河島社は河沼郡河島村にある。聖武天皇の時、凡海部忍人という者が、「この神が白鹿に化けて時々出現した」と。天皇の詔が下され天社とした云々。
『民部省圖帳』に、
河沼公穀二千五百六十七束有餘。假粟一千三百九十五丸。貢桑綿班絲鞍馬具木竹之工。又以牧馬充國司之擧
(:河沼の年貢は2567束、その他な一千三百九十五丸。桑綿班絲鞍馬具木竹工を貢す。又牧馬を以て國司之擧にになる
と見えたり。
参考:『尾張名所圖會 後編 巻五』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)