馬の瀬と牧を結ぶ。地車を三、四台乗せられた。一宮・大垣線が出来るまで続けられた。
年貢の積出も行われた。
参考『安八町史 通史編』(安八町、昭和五十年)720頁『濃飛兩国通史 下巻』(岐阜縣教育會、大正十二年-1923)