土器野の西の新川に架かる板橋。天明四年(1734)新川を堀り開いてのちに架けた。清須海道と津島海道の追分で、公私の旅人常に絶えず、繁昌の地なり。
新川漁舟
春行くや網曳くあとの濁より 沙鴎
参考:『尾張名所圖會 後編 巻三』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)