大野村の海音寺西北の方にあたる海濱は、岩石が多くあり、暑い時期には、遠近から多くの人がこの海濱に訪れ、潮水に浴して岩の上で憩うなど、一日に何回も出没する事を五日・七日と続けると、あらゆる諸病が治るという。これを世に「大野の鹽湯治」という。このような暑い月には、浴湯する群集はおびただしく、数多の旅亭は家ごとに二百人・三百人を宿し、他の温泉もこれほどの賑わいは聞かない。
また中人以上の身分の高い者は、旅館にこの海潮を汲みとらせ、再び沸かして浴することもある。しかしその効果は、海中に身を入れるよりも少し劣るという。また浴湯の合間には、この海中で捕れた鮮魚を飽きるほど食べつつ、枯れた腸を潤し、虚弱を補うこともまた治療の一助となる。
なおこの濱に溢れたるは、東浦その他所々に浴する者もあるので、その繁昌は推して知るべし。
この潮湯治は海音寺の藥師如来の夢想にはじまったという。
『木綿苑家集』
潮湯をあみて戯によめる
みな月の、井さへ乾きて、あつき日の、夕かたまけて、智多の浦の、うしほ汲み来て、さす鍋に、うつして湧し、溶解にもり、常滑山に、生ひ立てる、毛桃の葉をい、とりて来て、もみて絞りて、水鳥の、鴨の羽色の、青汁を、うしほ湯にあへて、かきまぜて、あやに香ぐはしき、うまし湯を、ひたあみにあみて、あがりてをれば、あやにすゞしも 千秋
現代語訳:
潮湯を汲んで戯れに詠んだ歌
水無月には井戸さえ涸れる暑い日、
夕方に智多の浦で潮を汲み、鍋に移して沸かす。
常滑山に生える毛桃の葉を摘んで揉み絞り、
鴨の羽のような青い汁を潮湯に混ぜると、
なんとも香ばしく良い湯となる。
その湯にたっぷり浸かって上がれば、
なんとも涼しいことよ。
あかこまのあかはだかにてあら磯の石にはらばふしほ湯治かな 琵琶彥
現代語訳:
赤駒のように赤裸で、荒磯の石に腹ばう。 これぞ塩湯治の趣よ。
参考:『尾張名所圖會 前編 巻六』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)