現存していない。
脇本陣は、本陣の宿泊が重なった際に後客を受け入れる。公卿・大名・旗本らの宿泊が二組以上となる場合、先客が本陣を使用し、後客が脇本陣または控本陣に宿泊した。本陣が確保できない場合は、旅程を延ばして次宿の本陣を利用した。大名通行が多い際には宗昌寺が控本陣となり、大通行時には大旅籠屋も宿泊に用いられた。脇本陣でも宿泊時には藩主名入りの高張提灯や高札が掲げられ、陣幕が張られた。料金の定めはなく謝金として支払われた。
小栗八左衛門(勝四郎・斧吉)が世襲した。
参考:『瑞浪市史 歴史編』(瑞浪市、昭和四十九年)763、764頁