妙長山照遠寺。本立寺(現在は昭和区に移転)の南西側にあった。日蓮宗、京都本國寺の末寺。

もとは中島郡下津村にあり、尼妙長が開基した。

ある時、旅僧が日蓮上人の木像を携えて来て、妙長に授けて去った。その像の背には「文永十癸酉年」(1273)の文字が見え、上人が自ら彫刻した像であることが分かる。享禄四年(1531)、僧日珍が影堂を建てて安置した。のち寺に移転してここに移し、御堂と呼んだ。またこの像は文永十年(1273)上人が佐渡の國で彫刻した「日本三体」の内の一躯にあたる。『佳境遊覽』によれば、三体とは京都本國寺、江戸谷中の感應寺、そしてこの照遠寺の三箇寺に安置した木像を指す。

  • 本尊:法華三寶。

参考
『尾張名所圖會 前編 巻二』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)

名古屋市東区東桜2丁目16番21号
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