明和4年(1768)勧請し、尾州藩社寺方役所へ願い出で、翌春正月認可を得て創建した。

例祭が旧正月17日に左義長の特殊神事が行われる。左義長御輿は各氏子組毎に近郷の有志寄進の青竹を集めて、台の輪、二の輪、心竹、四本筋かい、輪棒、腹帯、飾りさし、腰みの等で作り上げ、それにしめなわ、日章旗、町内旗、前年の神宮大麻や今尾神社の神札を結び付け、和合楽、自福円満、家内長久と大書した五色旗を立てて仕組み、親御輿、子御輿の一対を作り上げる。当日の旧正月17日には、早朝まず氏神の今尾神社に参拝、町内のお神酒ひろめが行われ、午後1時地元の町内を真っ先に高さ5m重さ1.5トンといわれる御輿を”ワッショ、ワッショ”の掛声も勇ましく境内に担ぎ込む。宮司の手から神前の燈明の火を貰い、この神火で左義長に点火すると、揃いの長襦袢に白足袋姿の若衆が、火の粉の中を駆け廻る光景は勇壮極まりない。千本近い青竹からの火炎は、天を焦かんばかり、ポンポンと爆竹の音が神域一杯にこだまして祭は最高潮となる。七分通り燃えたところで、その年の恵方の方位へ倒し、その倒れ方によって吉凶を占う。その後きれいに灰除けをする。待ち構えた20余町内の御輿が次から次へとくり込み、前と同じように神火で左義長焼きをする。午後7時頃まで勇壮な火の舞う特殊神事が続くのである。その後参拝者は、それそれ燃え残りの青竹を持ち帰り、屋根にあげて置けば、火難・落雷除けになるという。また残り火で餅を焼き、家族一同に分けて食すれば病魔除けになると云い、餅を焼く人は夜明けまで絶えぬ。また当日神社で頒布する神札は、神棚或は竉(あな)に祀って火難防火鎮護を祈る。なお神事に使う青竹を寄進すれば、その藪はその年竹の生えがよいとの云い伝えがあるので喜んで寄進する。またこの神事に参加する若衆は、前夜から潔斎(けっさい-飲食を慎み身を清める)して清浄に心掛け、女人の参加は許されぬ。

平田町役場『平田町史下巻 復刻版』(臨川書店、昭和62年)1027、1148、1149頁

海津市平田町今尾
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