田原を拠点としていた戸田宗光が自らの菩提寺として再興した。
戸田氏は知多半島突端の師崎に拠点を置き、のちに船で渥美半島へ渡り、この地を支配した。初めは大津に入り、その後田原で城を築き居城した。文明13年(1481)には伊勢内宮一禰宜の荒木田氏経から、渥美郡の神宮領から少しでも年貢が届くよう尽力して欲しいと頼まれている。
戸田宗光は渥美郡代で、やがて出家し全久と称し、長興寺に妙法蓮華経を備えるべく、板木を作る開板事業を進めた。跡を継いだ戸田憲光は、この事業を成し遂げて、明応9年(1500)7月板木を長興寺に納めた。戸田氏は知多半島から渥美半島に勢力を伸ばし田原を拠点としたが、知多半島の支配も続けた。
愛知県史編さん委員会『愛知県史 通史編3 中世2・織豊』(愛知県、平成30年)