日置八幡宮の辺りをいう。信長公が桶狭間合戦の時(永禄三年 [1580] )に日置八幡宮に祈られたが、瑞応(ずいおう=霊験)あって勝利を得た。お礼参り(報賽)のため松の樹を千株植えられたことから「千本松」と呼ばれるようになったが、寛文年中(1661-1673)には町屋となった。幕末の頃も、まだこの辺りには古松が数多残っていた。松原という地名が残るのはその名残である。
参考『尾張名所圖會 前編 巻二』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)