斎藤氏は、田村(藤原)利仁将軍の後裔である。故あって菅神(菅原道真)の霊を尊敬し奉る。加賀國の富樫の一類、越中國井口、越前國斎藤の一族は各々菅神を氏神としていた。富樫、井口、越前斎藤三流の氏社なのである。
よって斎藤氏が僅かの間でも住んだ所で、この神社を勧請しないということは無かった。およそ加納(当社)、岐阜、長良、文殊、北方、白樫、堀津、加賀江、三井、八神等、斎藤一族の住むところはかの社を勧請している。斎藤は数代、この地に住んでいたため、舊跡の数は知りつくせないほどであるが、尋ねれば分かるように、ことごとく天神の社が有る。
かの家印の紋に「梅鉢」の紋を附ける事はこのためであろう。堀、前田の一族もみな斎藤の一家であるが、梅の花の紋を附けることから「菅原氏」と称す者がいるのは、後世の大きな誤りである。この國(美濃國)に梅鉢の紋附けで来る者が多いのは、みな斎藤家の紋を賜って附けたものである。
参考
『美濃明細記 巻第十三 茂々久岐根付録』(伊東実臣、元文三年-1738)